我慢しないで弱音を沢山吐いた方が、人は幸せになれる。

僕は母子家庭で育った。

でも不自由を感じたり、不幸だって思う事も一度も記憶にない。

父に「俺には父親って認識がない。」と言い捨てられた際も、母が毎日遅くまで仕事をしてたので、家で一人過ごした時間も。

それで良いって思ってた。

それで良いって思い込む事が正しい事だと、言い聞かせていた。

今思えば僕はずっと、我慢していたのだと思う。

弱音を吐いてはだめ。

母さんは頑張ってる。僕が弱気になってはダメ。

 

この記事では、僕が幼少期から過ごしてきた環境で、僕なりに見つけた幸せになる方法や、その思考過程をお伝えします。

読んだあなたが少しでも、あなたらしく毎日を過ごせるきっかけになったら嬉しいと思ってます。

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なぜ我慢してたのか

僕は毎日、仕事に向かう母の姿を見て育った。

それは他ならぬ、僕と4歳年上の兄貴を養う為だ。

自分が社会人になって、お金を稼ぐ事の大変さを経験して、当時の母の環境がどれ程きつい状況だったかを、今更だが気づく。

 

僕と兄は母を尊敬していたし、大好きな存在だった。

だからこそ兄弟は、母にだけは迷惑をかけたくなかった。

幼いが、嫌われないようにとか、母の負担を少しでも軽くする為には、自分達がわがままを言わないようにとか、そういう考えを持ってた。

 

その考えが凝り固まると、素直に弱音を吐いたり、辛いと言えない性格の人間になってしまう。

それが、これまでの僕だ。

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弱音を吐けない辛さ

我慢をし続けるのは決して楽な事ではない。

辛い気持ちを抑えて、それはやがて身体のなかで勢いよく溢れでる。

我慢の限界を、心よりも先に身体が知らせる。

その状況に、心は更に動揺する。

 

気付けば、周りに友達や仲間が沢山居るが、いつも自分が孤独な存在に感じてしまう時があった。

弱音を吐かない人間は強いのではなく、実は弱音を吐けない弱い人間なんだと僕は思っている。

自分自身がそうだからだ。

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身体が限界を迎える

当時僕は中学2年生。

バスケ部のキャプテンでチームを指揮してた。

僕は毎日悩んだ。

チームに能力はあるが、大切な試合で勝てない。

その理由は明白で、部員の練習に対する意識が物凄く低く、いつも一人で空回りして、当然統率もとれないのでプレーがかみ合わない。

 

悩んでいても、弱音は吐けない。

母には迷惑をかけたくないし、心配をかけるのは尚更嫌だ。

その頃身体は限界を迎えてた。

学校に行く途中で、頭が真っ白になって、気付けば道のど真ん中で、座り込んで泣いていた。

 

偶然通った顧問の先生に気付いてもらって、その日はそのまま帰宅。

母には当然連絡が入って、急いで家に帰ってきた。

僕は一番なりたくない自分になっていた事に、ただ泣くしか選択の余地はなかった。

でも母からの声かけは意外なものだった。

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母の言葉で全てが変わる

泣いてる僕に母は一言、もう我慢しなくて良いよ。そう伝えた。

「もう」我慢しなくて良い。

母は僕が我慢してる事を知っていた。

その事実を母の口で悟られる事の方が、傷つくと思って言わずにいたらしい。

そして、こう続けた。

 

弱音を吐いて、吐いて、沢山吐いてごらん。

その内弱音を言わなくても平気になるから。

「吐く」って漢字から、弱音が消えたらどうなると思う?

「叶う」って漢字になるでしょう。

 

辛い時には弱音を吐くの。

「叶う」になったその一本の線を、今度は「辛い」に足してみて。

「幸せ」になるから。

だから我慢しないで、弱音をいっぱい吐いた方が、幸せになれるの。

その後の変化

母の言葉を聞いて、僕は部員全員の前で気持ちを伝えた。

チーム像や現状について。

自分は今凄く辛いという事を、何も飾らずに全て話した。

部員たちは少しずつ意識に変化が見られ、その後最高のチームに成長する事が出来た。

当時の仲間は、今も僕の大きな支えだ。

僕は幸せです。

まとめ

弱音を吐かない事は決して強い事ではないと思います。

むしろ、自分の弱い所をさらけ出せる人程、僕は強い人間だと思います。

もし、今この記事を読んでる方が、何か大きな悩みをかかえているならば、是非弱音を沢山吐いてください。

 

もし、お子さんが辛そうにしていると感じてるお母さんならば、弱音を吐くことは悪い事じゃないと、伝えてあげて下さい。

 

人生は辛い事の連続です。

けど考え方一つで、辛いは幸せに変わります。

どうか、弱音を沢山吐いて、幸せな人生を歩んでください。

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